日本三大大仏について

時代によって変遷する日本三大大仏

見上げるほど大きな仏像として知られる大仏は古くから大仏さんと呼ばれ、人々から親しまれ、うやまわれてきました。そのなかでも代表的な大仏を、日本三大大仏といいます。この日本三大大仏、時代によって変わるのですが、現在の日本三大大仏は奈良の東大寺にある奈良の大仏と、鎌倉市の高徳院にある鎌倉大仏、そして富山県の大佛寺にある高岡大仏とされています。また高岡大仏の代わりに、岐阜県の正法寺の岐阜大仏とされることもあります。

江戸時代は奈良の大仏と鎌倉大仏のほかに、京都の方広寺の京の大仏が日本三大大仏とされていました。京の大仏は豊臣秀吉が建立しましたが、地震や火事で何度も失われ、そのまま再建されることがありませんでした。

その後は京の大仏の代わりに、兵庫県の能福寺にある兵庫大仏が日本三大大仏に仲間入り、昭和の時代まで続きます。しかし戦時中に金属不足に陥った政府から、大仏様に使われていた金属が取り上げられてしまいました。

このように江戸時代から連綿と続く日本三大大仏ですが、奈良の大仏と鎌倉の大仏以外の仏様は、時代によって異なるのです。

雄大な大仏様に会いに行こう!

奈良の大仏は正式には、東大寺盧舎那仏像といいます。745年に聖武天皇の命によって建立され、752年に完成しました。しかしその後、何度か火災で焼けており、当時のまま残っているのはごく一部しかありません。高さ約18メートルの巨大な仏像で、頭の部分は江戸時代、体の部分は鎌倉時代に補修されたもので、台座や右の脇腹、両袖、足の部分などの一部に、建立当時のものが残っているといわれています。

鎌倉大仏は、長谷の大仏とも呼ばれる阿弥陀如来像です。高さ13.35メートルの像で、作者はわかっていませんが運慶らかの慶派の作風と、宋の仏師の影響が混じり合ったも雄々しくも優美な姿は鎌倉のシンボルともなっています。

高岡大仏は1907年から製造が始められ、26年をかけて作られ銅器の仏様です。その美しさから日本一の美男とも呼ばれており、銅器製造で日本トップを誇る富山県高岡のシンボルとなっています。

日本三大大仏は巨大な仏像であるため、優れた製造技術がなければ建立できません。このため奈良の大仏は国を挙げての国家プロジェクトとして製造されましたし、他の大仏も技術の粋を集めた大事業として作られています。そしてその大きなお姿で人々を見守り、癒やしてくれるのが日本三大大仏の魅力ではないでしょうか。間近で見上げると、仏様の大らかな優しさに包まれるような気持ちになると同時に、己を律さなければいけないと背筋を正す気持ちが湧いてきます。日本三大大仏を巡る旅に出かけて、それぞれの仏様の良さを体感されてはいかがでしょうか。