川柳

近世後期に発達した文芸

川柳は、俳句と同じく「五・七・五」のリズムで詠む詩句のことです。
この「五・七・五」による定型詩は世界で最も短い詩形として知られており、わずか十七音の中でどれほど広く世界観を表現できるかということが読み手の腕となってきます。

もともとは「五・七・五・七・七」で詠む短歌という形式が独自の文化として存在していたのですが、より短く表現する方法として俳諧という方法が登場しました。

俳諧は文字数制限の他に必ず季語を入れたり文語体を用いること、切れ字を使用することといったようないくつかのルールがあります。

しかし中世後期より発達してきた川柳はそうしたきまりを大幅になくしたより自由な表現方法となっており、テーマも自由で芸術というより娯楽的な楽しみ方をすることができます。

俳句の場合、テーマとなるのは自然風景や地球、宇宙などといったもので壮大な世界を短い言葉で表現するということが上手い下手の基準になります。

しかし川柳のテーマとして一般的に用いられるのはむしろごくごく小さな身近なできごとで、人間の暮らしや人情、人生や人の世の出来事といったようなことを鋭い感性を持って描きます。

しばしば世相を表すための皮肉やジョークとして詠まれるようにもなっており、江戸っ子らしい反骨精神が作り出した新しい芸術方法であると言えます。

より毒の強い川柳である「狂歌」と江戸文化

川柳は現代においても愛好家が広くおり、毎年世相を表す川柳が企業主催で募集されたりしています。
中には非常に毒が強く、皮肉たっぷりに権力者や時代に対して意見を言うようなものも見られます。

江戸時代に大流行した川柳の一ジャンルとして「狂歌」というものがあります。
それまでは平安貴族が用いていた「短歌」や知識人が好んで作っていた「短歌」という詩形は上流階級のものというイメージが強くありました。

そこでより気軽に楽しめる詩として登場したのが「川柳」でしたが、江戸時代に入って国民の平均教育レベルが上がり、詠む人の裾野が広がったことにより優れた作品も数多く登場してきました。

そこで一周回って知識人達が詠むようになった詩句として登場したのが「狂歌」です。
狂歌は反古典主義による意図的な不均衡や不調和を逆手にとった芸術方法であり、軽快な機知や滑稽性が盛り込まれた非常にレベルの高い詩句に発展しました。

全盛期には「側」や「連」というグループを作って添削指導をしたり、「狂歌合わせ」というルールに従って参加者が腕を競うイベントが開催されました。

しかし一方で急速に発達した狂歌は高いレベルで詠み手が競い合うようになったことで、むしろ一般市民の感覚では理解しがたい作品が数多く見られるようになり大正期までにはほぼ消滅することになりました。